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偉大なる母 その2

2011/09/20 Tue

お彼岸って事で、今日は母と二人で父のお墓参りに行って来た。

最近の私は家では口数が少ないので(苦笑)、
車での道中、たまっていたうっぷんを吐き出してみた。

そもそも兄も行くはずだったのに、何も言わずに一人で外出していた。
そんな兄への不満をぶつけてみたのだ。

「兄ちゃんが出ていくの見てたなら、なんで何も言わなかったの?」
に始まり、
「お母さんは兄ちゃんに甘い。もっと、バシッと言えばいいんだよ。
いくら注意しても居間でタバコ吸うし、電気も消し忘れるし...」
と私の愚痴は止まらない。

「この間なんてさぁ、私に『ごくつぶし』とか言ってきたけど
兄ちゃんにそんな事言われたくないよっ!」

「....」
私の熱弁に無言の母。
お、さすがに「そんな事言われたの?!」と同情したか、と思ったらぁ

「...ごくつぶし、って何☆?」

母には笑いの神がついているのでしょうか

その後、ごくつぶしについても説明したし、
それ言われた時お母さんもいたでしょー、と言っても
「そんな事言ってたっけ?」で終わりでした

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偉大なる母

2011/09/12 Mon

少しずつだけど、不安障害の症状は薄らいできたかなー。

先日は母と外食にチャレンジしてみた。
というか、母がお寿司を食べたくてしょうがなかったから、それに押されて

まず、行く前から心臓バクバクになるんだよね...
デパス(安定剤)を飲んで、なんとか席までたどり着く私。

再びデパスを飲み、まず1皿食べてみる。
「うん、なんとか大丈夫...」
自分に問いかけ確認しながら、もう1皿。

そんなハフハフしてる私をよそに、
「これ、おいしい☆」とご満悦の母。
この人はホントに天真爛漫だなぁ、と感心する

「あのさ、勇気ふりしぼって行った私に
『大丈夫?』『食べられる?』って気遣いはないの?」
と帰ってから聞いてみたところ、

「だって、食べてたじゃん☆」
って、それは結果論であって!!

はー、私にも母の鈍感力を下さい

誕生日には両親に感謝

2010/11/15 Mon

「さそり座の会」(笑)の方々、続々とお誕生日を迎えられてますね♪
不肖マナティも12日に誕生日を迎えました~。

まあ、相変わらずのゴロゴロバースデーだったので、
これといった感想もないのですが

「誰も買ってきてくれないから、自分でケーキ買ってきたよ。」
と若干、嫌みを込めて言った私に
「アンタ、しょっちゅう甘いもの食べてるからいらないかと思って☆」と言い返す母。
こういう時だけ、弁がたつんだよなぁ(笑)

冗談半分、本気半分で
「生んでくれてありがとう、誕生日はお母さんに感謝しないとね
と母や兄にケーキをふるまった私。

「うわぁぁ。そんなセリフどっから仕入れてきたんだ、おまえ?」
と兄にツッコまれた~


話変わりますが、
5夜連続の草ナギ君のドラマに感動というか、いろいろ想いがめぐりました。

泣かされそうな話や苦労した話、戦争ものはどちらかというと苦手で
(自分まで辛くなってしまうから)
元々観る気はなかったんだよねぇ。

でも、松山ケン○チ君目当てで軽い気持ちで観てしまったら...
んもう~、見入ってしまったよー

あのですねー、私の最愛の父に重なってねぇ。

貧乏な家の長男だった父は、中学を出てすぐに上京。
ほとんど休みなく懸命に働いて、実家に仕送りして
質素な生活を耐え抜いていたそうだ。

自分が小さい時に食べるものに困ってたから、
私たちにはいつもおいしいものを買ってきてくれた父。

生前、父からは戦争当時の話や、若い日の苦労話をよく聞かせてもらってた。
説教臭さは全くなく、私や兄はむしろ質問攻めにしてたくらい、
父の話を聞くのが好きだった。

このドラマを観てたのは私だけだったけど、
これをきっかけに、久しぶりに母に兄と私で昔の話を聞いて楽しかった。
(楽しいというか、興味深いって感じ?)

結婚前、父と母は同じお店で働いていたのだ。
父は(仕送りをしてたからだと思うけど)、
経営者からの援助で免許や資格等を取ってたそうな。

自分からは一切お金を使わない父を
母は「ケチな人だなぁ」と思ってたんだって。

でも、私や兄からするとケチって印象は全く無い。
自由に使えるお金を持つまでは倹約してたんだよね、きっと。

私たちには何不自由なく育ててくれたお父さん、
本当にありがとう。

おセンチ・マナティの巻

2010/10/11 Mon

まだまだ、引きこもり真っ只中です。
でも、徐々に良くなってはきてる感じ?

以前と比べて治りが遅いので、クリニックの先生も試行錯誤?
ジェイゾロフトに加え、ルボックス、ソラナックスと薬が変わったよー。

ここのクリニックって、薬が多いのが気に入らないんだよなぁ。
ジェイゾロフトとルボックスってほぼ同じ役割の薬のはず。
まー、今は文句を言えるほど元気ではないので従うとするか~

今、一番気になるのは、母がどう思ってるかということ。
ウチは自営業なので、母は働いとるわけですよ。
なので(ゴロゴロしてる)私的にはすごーく罪悪感があり...

もちろん、仕事を休む時は状況を伝えたし、
ファミレスで気分悪くなった私を見て心配してたようではあるけれど、
基本、私の病気についてはノータッチ。

「大丈夫?」とか「気分悪いの?」とか、皆無。
過剰な心配や励ましも嫌だけど、放任もね~

「働き者の母からすると、怠け病に映ってるんだろうなー」
と、私は落ち込んでしまうわけです。

こんな時は「父が生きてたらなぁ」と思わずにいられない。
父は私に無理強いをしたことがなかった。
いつも私が欲しい言葉をかけてくれた。

小学校の低学年の頃、私が軽い登校拒否になってた時のこと。
毎日「行きたくないーっ!!」と泣いて暴れる私に
母は「行かなきゃダメでしょ!」と言うばかり。
兄からは「甘えっ子!」とののしられてた。

(現在の子を甘やかす風潮ならいざ知らず)
当時としては母や兄の態度は普通だったと思う。

しかし、父だけは違ってた。
「行きたくないなら、行かなくていいんだよ」と優しく言ってくれたのです。

怒られたり諭されたりしてる中で
「行かなくていい」という言葉にどれだけ救われたか。
それで気持ちが軽くなって、次第に明るく学校に行けるようになりました。

は~
幼少時の思い出話、書いてどうしたいんでしょ、私。

いい大人がこんな甘えたこと書いて、すみません。
それだけ、最近優しさに飢えてるって事で

残念な兄

2010/08/26 Thu

めっきり家族のアホ話してなかったけど、ここらで一発。

先日、母と兄と私で回転寿司に行った時のこと。

車から店ののぼりを見て
「あ!さんまあるんだ~♪でも今年は高いんだよねぇ?」
と私が発言したところ...

兄がすかさず
「えー、さんまあるの?違うじゃん!『ちんま』って書いて...あっ

...そうです、
「さんま」を反対側から読んでしまった兄でした

『ちんま』って魚があると思ったのかって話ですよ。
本人曰く「俺は感じたことをすぐ言っちゃう派なの!」だって...

プロフィール

マナティ2983

Author:マナティ2983
2007年10月左胸全摘+エキスパンダー挿入手術。
12月よりホルモン療法開始。
2008年3月に生理食塩水注入を終了。
5月下旬に入替手術終了。
2009年2月 乳頭作成手術。
2010年3月 リュープリン終了
2010年10月(不安障害の薬との兼ね合いもあり)
ノルバデックス終了
残すは乳輪作成(タトゥー)です。
71年生まれ、さそり座、A型、独身。

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