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回想(病院決定編)

2008/01/30 Wed

どうしても(今の病院だと)手術まで待たされるのが気になり、
家から近い病院にも行ってみました。
専門医もいるようだし、後々化学療法する時は近くの方がいいよなぁ、とも思ったので。

その時は現病院でのCTの結果待ちで
(結局がんは多発してたのですが)今の主治医からは
「まだ全部が悪性とは言い切れない。細胞診したしこり以外は
非浸潤がんや乳腺症の可能性もあります」と言われてました。

この言葉にはちょっと視界が明るくなったとゆーか。
なにしろ、次々発覚することが良くないことばかりだったので...
温存にこだわってた私は、わずかな希望を追ってたんです。

持参した資料は、エコー、マンモ、MRIのフィルムだけでした。
その先生の見解は
「温存で手術して、病理結果(や断端陽性かどうか)から判断して
取りきれてなければ再手術しましょう」というものでした。

その病院での考えうる最良の判断だったと思います。
けれども「二度手術する」というのは、
手術自体が未知で不安な私には避けたい事でした。
いくら3週間後に手術ができるとしても。

その直後に現病院でCTの結果が出ました。

・CTでもしこりは数か所確認できるが、やはり悪性かどうかは判断できない。
・全部が悪性だとすると、範囲が1/4越えるので温存は難しい。
・しかも、しこりは5mm以下のものもあり細胞診できないかもしれない。

そして、悩んで悩んで主治医と私が出した結論は、

・端と端の細胞診をして二つ共悪性だったら全摘にする。
・違ったら(細胞が取れなかった場合含め)温存で手術にのぞみ、
 術中、病理を迅速判断でがんが拡がっていたら全摘にする(+エキスパンダー挿入)。

でした。

私がすぐ全摘を選択していたら話は早かったんですが、
そりゃあ1%でも望みがあるならすがりたいですよねぇ(+_+)
主治医も「もったいないって気持ちはわかりますよ」と言ってくれたっけ(しみじみ)。

こうして、やっと正式に今の病院にお世話になる事にしたのでした。
手術日は10月下旬を予定して。
時は8月の下旬で、告知からはひと月過ぎていました...
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回想(セカオピ編)

2008/01/28 Mon

告知は2007年7月下旬だったので、病院探しは8月の猛暑の真っただ中でした。
寒いのも嫌だけど、去年の夏のあの暑さもね~(>_<)
でも、夏休みの間にいろいろ調べたり、考えたりできたのは良かったかな。

本やネットで調べてわかった事は、乳がん治療には選択肢が多いという事。
そして、それを最終的には自分で決めるという事。
後々「それ、知らなかった」という後悔だけはしたくなかったので、
私のできる限りで情報は集めてみました。

今の病院の主治医も好印象だったし、すぐ病院決定したかったのですが、
手術日が最短でも2か月半後というのがネックで。
乳腺科に力入れてるだけあって、患者数もかなりの数なんです。

一般に乳がんは進行が遅いと言われてるけど、
悪いものは早く取ってしまいたいですよねー。
幸い、その時点でリンパ節転移の疑いもなかったし。
「すぐ手術していれば」なんて思いもしたくなかったし。

という事で、セカオピに行くことに。
思いがけず、友達のつてでがん専門病院のセンター長を訪ねることができました。
結構遠いのでどうかな、とも思ったのですが、
とにかく話を聞きに行こうと思い行ってみました。

センター長から「青天のへきれきでしたね」と優しい言葉を頂き、ウルッときた。
「私は専門ではないので、この後外科部長に診察してもらえるはずですから」と
さわやかに去って行ったセンター長。私は深々と頭を下げ、乳腺科に向かいました。

待ってる間にマンモを撮られ、その技師さんからも
「痛いですよね、すみません」と優しい対応をしてもらい、
「いい病院そうだなぁ」と思って診察を待ちました。

待合室からちらちらと、不機嫌そうな若い医師が見えます。
彼は看護師に何やらブーたれてます。
「はー、いるよなぁ、こういう先生も。ヤダヤダ。
ま、私は部長に視てもらえるって言ってたし、関係ないけどっ」と思ってたら...
呼ばれた診察室にはその若造が!!

戸惑う私に「部長は今日、外来担当じゃないんで私が診ますから」と、
若造は(何なの、センター長の紹介って急に)って感じの不快感まるだし!!

まあ、本来の手続きなしに来た私が悪いんだしなぁと
気を取り直して話を聞こうと思ったのですが、感じの悪さは続きます。

早口でまくしたて、エコーやMRIの画像を見て
「これ、全部がんですよっ。多発の場合は全摘ですよっ。」
「ご自宅から遠いですよね、近くの病院の方がすぐ手術できますよっ。」
「手術はどこでやっても一緒ですよっ」
と弱ってる患者に、矢継ぎ早に話してきやがりました。

確かに事実なんでしょーが、言い方ってもんがあるでしょーがっ!!

挙句、「いちおう触診しときましょうか。怒られちゃいますからね」だと~<`~´>
ふざけんなーゴルアッ!!
という気持ちを抑え、診察室をあとにしたのでした。

いやー、いろんな先生がいるもんですよ、ホント(*_*)







今まで、ありがとう

2008/01/26 Sat

パット

写真添付の練習がてら(笑)、短い間でしたがお世話になった私のパットちゃんです。

基本ズボラな私ですが、妙にきっちりしいな面もあり...
私の治療記も順を追って書きたかったんですよね~。

けどね。
実は再建のお水足し、かなり終盤を迎えております!

毎週木曜に形成外科にて生理食塩水を注入してるのですが、
24日で640ml入りました~。
あと30mlずつ入れて700mlになる予定。ラスト2回です。

手術直後は180mlしか入っていなかったので、
まるで小学生力士のようなおっぱいでした(笑)

んで、すぐ仕事に復帰したので、外見が気になっちゃって。
なにしろFカップなので(しつこい?)健側との落差がねー(;一_一)

「まあ再建するんだしなぁ、ストッキングとかハンカチとか詰めとくかー」
と思ったのですが、うまくいかないんです。
おっぱいって高さだけじゃないんですよね。
脇のふくらみがないと、横から見た時のボリュームに欠けるんですよ。

で、K○○工房にて試着して買ったのが、写真のパットでーす。
この涙型が、ジャストフィットなんです~。
横のボリュームもバッチリ。
重みや柔らかさもよくできてます!
うっすら乳首っぽいポチッとついてるの、わかるかなぁ?ウフ。

14,000円弱しましたが、私の心もケアしたこのパットちゃん、
高い買い物ではなかったと満足してます。
実質使ったのは1か月くらいでしたけどねっ(^-^)

私が上機嫌でこのパットを母に見せたら、
「ふーん、こんなのあるんだ。いくら?」と聞いてきた。値段を言うやいなや、
「そんなにすんの?!お母さんだったら、買わないっ!!」だって(゜_゜)
はぁ~、ノーデリカシー(-_-メ)




回想(病院探し編)

2008/01/22 Tue

最初に見つかったしこりはエコーで1.2cmと診断され、
「早期だからきれいに温存手術できる」と言われました。

そうそう、私、エコーって超苦手です!
マンモの方が時間短いし、(確かに)痛いけど耐えられる。
お腹をつねられてるのと同じ感じです。
けど、エコーは(乳腺症だから?)グーリグリされるのが痛くて痛くて。
もう毎回あぶら汗かくし、翌日は腹筋が筋肉痛になる程でした。
(痛くてお腹に力入れ過ぎちゃうんです~。)

それから、MRIって皆さん大丈夫でしたかー?
私は閉所恐怖症なので、やる前はかなり怖かったです。
まあ、問診でその旨を伝えたので、
技師さん、看護師さんにものすごーく気を使ってもらえました。
「はい、よく頑張りましたねー。」とか。私は3歳児かって位に(^_^;)

シロクマさんにも勇気づけてもらい、やっと病気と向き合おうとしてた矢先、
私は再び落ち込むことになります。
MRIの結果があまり良くなかったのです。

しこりは一つだけではありませんでした。
他にも数個あるようだし、乳管以外にもがんが広がってるとの事でした。

これはかなりショックでしたねー。
私は胸にこだわりがあったので温存したかった。
でも、このままでは全摘になってしまう。

この時点で私の病院探しが始まりました。
有名な病院は手術まで3か月待ち、という噂も聞いていたのですが、
初診の予約が2か月待ちという病院もありました。

なんだか、気持ちばかりあせってネットで病院を検索する日々。
全摘ならば絶対に再建したいと思ってたので、
再建の手術もやってる病院を探していました。

結局、今の病院に決めたのは初診の先生(現在の主治医)が
好印象だったからですねー。
乳腺科に力を入れてるらしく、先生の数も多いです。
その中でも主治医に初めに診てもらえて、ラッキーだったと思います。
(他の先生には入院時に多数接触したもんですから...)

まず、女医さんという事。
男の先生が嫌ってわけではありませんが、
やはり、同じもの(おっぱい)を持ってる人の方がわかってもらえるじゃないですかっ☆

そして、わかりやすい話し方。
それから、こちらの質問にはしっかり答えてくれる事。
これらは基本のようですが、これができてない先生もいましたよ...
他にも2つ病院には行ってみましたが。




おでんをめぐる攻防

2008/01/20 Sun

私はいい歳して実家暮らしです。
同居家族は母と兄です。(父は既に他界。)

ちなみに四つ上の兄もいい歳して未婚。
三十路を過ぎた頃「ウチは晩婚兄妹~」と自虐ネタで言ってたつもりが、
友人に思わぬカウンターパンチをくらいました。

「結婚したら晩婚て言えるけど、結婚しないかもしれないじゃーん」

ホント、しゃれになってません(爆)

さて、ウチは基本ご飯は各自で調達する事になってます。
私は料理好きではないので、気が向いた時にだけ料理します。
と言っても、パスタとか簡単なものですが~。

私、面倒臭がりなので、食材を切るのが嫌ーい。
そして、煮込む料理が楽チンで好きかなぁ。
特におでん。
ほとんど、切らなくていいいし、煮込むだけじゃないですかっ☆

で、ウチはご飯各自制に加え、
「人のご飯に無断で手をつけてはなりません」が鉄のオキテ。
子供が「私のプリン食べたー!」でケンカになるのと同じ感覚です。

よって、私のおでんも減ってたら、もちろん徹底捜査です!
先日も3本あるはずの牛スジ串が1本減っていました。
兄に「牛スジ食ったろー?」と詰問すると
「食ってねーよ。お母さんだろー」との答え。
すかさず母に「牛スジ食べたー?」と聞くと、
「食べてないよっ!...牛スジはっ!」と怒りながらのお答え。

じゃあ、他の何かは食べたんじゃない、お母さん。
私と兄は爆笑でしたが、母は自分のミスに全く気付いてないようでした(^_^;)

さらに数日後、おでんの鍋をみると今度はつみれが減ってるような気が。
兄は食べてないと言うので、また母に聞いてみると、
「食べてないっ。...そんな数が少ないの!」

じゃあ、数が多くてバレなさそうなのは食べたんだね、お母さん。
またまた爆笑です。

私は母の天然っぷりを伝えたくて友達にこの話をするのですが、
大抵「おでんくらい仲良くわけなよー」と言われてしまいます。

そ、そうかな(-_-メ)







オカマパブにて

2008/01/16 Wed

まだまだ回想はあるのですが、今回はリアルタイムネタを。

えー、私は乳がん摘出手術と同時にエキスパンダーを挿入しました。
私の病院では、週1で生理食塩水を注入していくんですよー。
これって結構頻繁じゃないですか?
ま、その辺はまた熱く語るとしましょう...

で、私はマナティの体型を持つ女。
つまり、洋服販売員に言わせると「ふくよかな方」。
なので、胸も大きいんですよ、これが。
ちなみにFカップでした。

今まで洋服もブラジャーも種類が少なく、不便な思いをしてきました。
しかし、手術前に形成外科を受診した時にも
同じ気持ちを味わうとは思ってもみませんでしたねー。

エキスパンダーにも無論サイズがあるわけで。
600ccまでは小刻みにサイズがあるのに、
そこからいきなり1000ccになるんです。
先生は「600と1000の間なのよねぇ」と逡巡してました。

600でも+100位は入るからと
結局600のエキスパンダーを入れたのですが。

で、今日職場のおじさま達とオカマパブに行ってきました。
ここから、どう話がつながるかというとですね...
彼女(?)、オカマさん達のおっぱいはどうなってるのかなぁと。

オカマパブといっても、露出や下ネタもほとんどない、
健全なショーパブです。
オカマさん達はメチャクチャきれいです。
体も工事完了しているそうで、身も心もオンナです。

きれいなおっぱいを見て、
「そのシリコン何cc?どこの病院?先生は?」と
聞きたくなるのを必死でこらえました~(;一_一)

お客さんがたくさんいる中でそんな事を
聞きたいのは私だけっ...と思うとおかしいですね☆

回想(運命の出会い編)

2008/01/14 Mon

さて、今回はとある人との運命の出会いを~。
(まだ手術にたどりつかんのかいっ)

告知を受けたクリニックでは手術はできないが、
違う病院でその先生が執刀する、という事だった。
なんだかそれって不安じゃないですかー。
それに、勉強会の悪夢もトラウマになってたし。

術前の検査(MRI、骨シンチ、腹部エコー、胸部レントゲン)が細切れに
日時も受ける病院もバラバラで決められていった。
その間に自分でも乳がんの事、病院について調べていく事にした。
(そのクリニックの先生にも「転院します」と意志表明はして。)

この頃は本屋で立ち読み(せこいよなぁ)したり、
ネットでHPやブログを毎日調べまくってた。
と言っても、まだ乳がんという病気を受け入れられてるわけでもなく、
調べては不安になり、また調べては怖くなり...の繰り返し。

高校からの何でも相談してきた友達にも
しばらくはとても冷静に話ができる自信がなかった。
特に一人は私と一緒に落ち込んでしまいそうだったし。

けれども、ここで運命の出会いが訪れます!
その友達に罹患者の友達を紹介してもらったのです~。
その友達(K)からのメールには...
「オタク気質かつ人の気持ちに敏感な子なので
いいアドバイスをくれるんじゃないかな」
とありました。

そう、その人こそシロクマさんなのです!!

もう、ほんとにシロクマさんには感謝してもしきれません。
紹介してもらってすぐ直接メールを交わしたんですが、
すごーく熱い想いが伝わるメールでしたよ、シロクマさん!

そして、お会いする事を提案して頂いたのでした。
シロクマさんはバレエ鑑賞ロードの真っただ中じゃなかったかしらん。
ほんとお疲れのところ、ありがとうございました!

あれは、8月1週目の土曜です。
私は告知されてから10日ほどしかたってなかったんですよねぇ。
ファーストコンタクトの時、動揺と(見ず知らずの私に時間をさいてくれた)感激とで
実は泣きそうになってたんですよね~。
でも、ここで泣いたらグズグズになってしまうと思ってこらえた。

店に入ってからは、シロクマさんの柔らかな雰囲気に癒されたのか、
意外と冷静に話できましたね~。
私の支離滅裂な質問にも、笑顔で答えてくれたシロクマさんは菩薩のようでしたよ!
結局3時間位お話してたかな。
最後の方はKの近況について二人で語ったりしちゃって。

私はこの出会い、このひと時があってやっと乳がんと向き合う覚悟ができました。
オタクのシロクマさんを見習って、
私もその後はさらに探究に磨きをかけたし!

シロクマさん、ほんとにありがとうございましたm(__)m



回想(告知まで)

2008/01/13 Sun

では、本編スタートという事で今回は乳がん告知までを書きますね。

私の場合、会社の健康診断でひっかかったのが始まりです。
元々乳腺症で、生理前は胸が張って「何人たりとも触れるべからず」状態。
痛くて「自分で触るのも嫌っ」って感じで。

ので、乳がん検診受けるのも抵抗ありましたねー。
でも今思うと、なんとなく自分は危険って思ってたんだよなぁ...フシギ。
(父は胃がんで私が13歳の時に他界してますが、
血縁関係に乳がん罹患者はいません。)

そんなこんなで、2年前から検診を受け始めました。
左側だけ「のう胞の疑いあり・要半年内再検査」との診断。
ちょっとビビる。が、無視。
翌年同じ診断を受けるも、また無視。
「なーんだ、同じ診断じゃん。問題ないんじゃん!」って思ってた位で。

それが、07年6月の検査で「要精密検査」になり、ちょっと、否かなり焦りましたねー。
専門のクリニックを紹介してもらい、7月上旬に精密検査を受けました。
上半身裸のまま立ちんぼで「乳」について講釈を受け、
「なんかまぬけだなぁ」なんて思いつつ
その後、穿刺吸引検査をしてその日は帰りました。

結果を聞くのが2週間後って事で、かなりもんもんと過ごしてました。
待たされるのって辛いですよねー。
しかも、気になったのがその次回予約を取る時の説明です。
「勉強会も兼ねるので定員があるんですよ・・・」
はぁ?勉強会?定員?大人数の前で結果聞くのかっ??

そして、嫌な予感は大当たり。
やはり待合室には8人ほどいまして。
さすがに、結果は各々診察室で聞くシステムでしたが、問題はその後ですよ。

えー、まず私は「悪性でした」と告げられ、ボー然自失。
「あの、あの、これからどうすれば...?」
「勉強会の後でまたお話しますから」と先生。

そして、ボー然自失のまま、待合室で勉強会が始まりました。
(後でわかるのですが)私ともう一人が悪性の告知を受けていて、
他の人は良性と言われ安堵の表情です。

「これから話す事は、本来は講演会等で話す内容ですからね。
皆さんにも考えてもらいながら、進めていきますねー。」
先生、自慢げに、満足そうに話しています。

「は?私、告知されて激しく動揺してるのに。しかも良性の人に囲まれて
勉強会受けなきゃいけないの??」って思いましたねー。

先生は続けます。
「では、まず『がん』とは何でしょうか?
はいっ、そちらから何でもいいです。言ってって下さい!」

うーん、今なら冷静に聞けますし、教えてもらってありがたいと思えますよ。
でも、その時は告知ホヤホヤですよっ。
私は真ん中ら辺だったのですが、みなさん恥ずかしそうにしながらも次々述べていきます。
そして、直前の人の言葉に凍りつきましたよ、わたしゃー。

「...正常な細胞を殺してしまい、死に至ることもある。...」

そりゃあ、確かにそうですよ。
でも、告知ホヤホヤの私は深く深ーく傷つきましたね。
その人は私が告知受けた事も知らないんだし...悪くないですよ。
悪いとしたら、先生のデリカシーのなさかな。
勉強会やるのはいいですよ。
けど、良性の人と悪性の人と分けてやればいいと思うんだけど。

と告知は、こんな感じで受けたのでした。
今でも忘れられない出来事ですねぇ。
って、告知受けた人は誰でもそうですよね~。

告知まででこんな長文で、恐縮です。テヘッ。
粘着質のさそり座の女です。

(こんな調子で現在に追いつけるのかな~)




早速、ヘタこいた~!!

2008/01/13 Sun

ひ~!!
シロクマさん、ナイトカオさん大変申し訳ありませんm(__)m

誤って(どう誤ったのかは聞かないで~)記事を削除してしまい、
せっかく頂いたコメントもきれいさっぱり消えてしまいましたー(T_T)

本文はコピーがあったので再度載せましたが。
んが。お二人の温かいコメントがぁぁ。うわーん!
ほんとに申し訳ないです。
これに懲りずにまたいらして下さいね~!(懇願)

予告篇

2008/01/13 Sun

はじめまして。マナティと申します。
新年を迎え、ものぐさな私が一大決心をしました!!

ブログ始めます!

年末年始休みの内に始めたかったのですが、
登録までで力尽きてしまいました。テヘッ。
実際に書き始めるのはゆっくり...と思ってたのですが、
驚いた(有難い)事にもう訪問者がいらしゃったので
とりあえず予告篇です。

えーと、まずHNの由来ですが、
美ら海水族館に行った時に友達に「そっくり!!」と爆笑されたからです(爆)
シロクマさんには「口元が??」と温かいフォロー頂きました。
しっか~し、もちろん似てるのはあのどっかりまったりとした体型が、です~。

そして、ブログを始めた理由はやはり
私も今まで皆さんのブログに力づけられたからですねー。
って、今まで読み逃げでした、すみません((+_+))
こんな私ですが、少しでも誰かの参考になれば...と思っとります。

現在エキスパンダーで毎週、胸ふくらみ中です。
シロクマさんと私の関係も今後明らかにしていきますので
お楽しみに~。
プロフィール

マナティ2983

Author:マナティ2983
2007年10月左胸全摘+エキスパンダー挿入手術。
12月よりホルモン療法開始。
2008年3月に生理食塩水注入を終了。
5月下旬に入替手術終了。
2009年2月 乳頭作成手術。
2010年3月 リュープリン終了
2010年10月(不安障害の薬との兼ね合いもあり)
ノルバデックス終了
残すは乳輪作成(タトゥー)です。
71年生まれ、さそり座、A型、独身。

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