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回想(感染疑惑編)

2008/02/28 Thu

退院して1週間後、抜糸の為に形成外科を受診しました。

私の傷を縫って閉じたのは形成外科なので、傷痕はきれいだそうです。
まあ比べた事ないので自分ではよくわかりませんが、
乳腺科の主治医がそう言ってました。
と言っても15cm横一直線にくっきりだし、シリコン入替でまたそこを開けるんですけどね

でも、一般人が見たら、たまげるんだろうな~。
ウチの母でさえ、手術痕見た時はスゴイ表情してましたから。
「ホント大変だったんだねぇ」と労いの言葉を聞いたのはこの時くらいだったかも(-_-;)

さて、抜糸です。

若先生におおいかぶさられ、胸にものすごく顔を近づけられながら抜糸されました。
そりゃ当然なんですけど、傍から見たらすごい構図ですよねー^^;

その間に「エキスパンダー入れてるって、他にも影響及ぼすんですかねぇ?
背中がかゆくて、湿疹みたいなのがポチポチできてるんですよねー」
「それは考えられますよねー」とか、のん気に話してました。

すると、おもむろに若先生が再建箇所に手をあてて
「あれ?なんか熱くない?」とか言い出して...
「えー、そうですかぁ」とこの時点では、
(元から熱いんだよっ。どーせ私はデブで汗っかきですよ~だ
くらいにしか思ってませんでした。

「んー、赤みもおびてるし...ちょっと感染の疑いがあるなー」
「え?え?だとすると、どーなるんですかっ?」
「バッグ(エキスパンダー)をはずす可能性もあるね」
「え~!!」
「もちろん、そうならないようにしていきたいけど。
でも、怪しいんだよなー。赤みと熱感は感染の3大兆候の二つだからねぇ。」

...なんか、次々落ち込むような事言ってくれやがる。
んで、どーせなら(残りの)もう一つの兆候も教えてほしかったよ。

「ちょっと自分じゃ判断できないから、一旦服着て少し外で待っててもらえる?
准教授呼びますから。あ、その間に熱はかっててー」
(熱はかる?って事は服めくるんじゃんっ。それを人がいる待合所でやれと?)
と訝しがって「外で??」と聞くと、
若先生は准教授を呼び出すのにテンパってるしー。

看護師さんが「あ、ここでどうぞ」と中待合室を指示してくれました。
熱は36度台後半でした。

准教授は再建箇所を診て、
「感染の疑いがあるんで、様子を見させて下さい。
もし、この状態が続くと皮膚が破けたりしますんで、その場合はバッグを一旦はずします。
でも、はずしたらあの手術がなかった事になってしまいますんでね、
そうならないようにしたいですけどね。」とか言ってたかな。

とにかく私は(あの手術がなかった事に、なかった事に、なかった事に...)
がこだまして、愕然となってしまった。

最悪の状態を覚悟させるのはわかるけど、あまり怖がらせないでほしいよなー。
とにかく「はずす」だの「感染(の疑い)」だの言われて、
すっかりその気?っつーの、かなり落ち込んでしまいました。
マイナス要素ばっかり言われて、良くなる可能性がないのかと思ったよ...

今後どうするという説明もなしに、いきなり「明日(金曜)も来れますか」と言われ、
つい「明日ですか...」と躊躇してしまいました。
(仕事復帰したばっかりなのに...明日も来て何か劇的に良くなるわけっ?!)
すっかりヒネクレ小僧(ヒネクレおばはん、か?!)でした。

すると、若先生が「あ、俺、土曜当番だからいいですよ」と言ってくれました。
第二土曜は外来休診日だったのに、すみませんでした若先生。

准教授退室後、めっさレモンイエローの液のしみたガーゼをあてがわれました。
「これ何ですか?」
「熱をとってくれるものだから、乾いたらとっていいよ。」
「シャワー浴びてもいいんですか?」
「うん、お風呂とかで体あったまるのは良くないけど、シャワーくらいならいいよ。
あと、お酒も飲まない方がいいねー。血行良くなっちゃうから。」
「冷やした方がいいんですか?」
「そう。炎症ですからねー。だから、アイスノンとかあったら、それでもいいんですけどねー。」
(そうか、捻挫もそーだよな)
「あと、気をつける事は?」
「安静にして下さい。」
「安静?」
「あ、仕事はしていいですよ。それ以外は安静にして下さい」

・・・・・

帰り道、それはもう落ち込んで帰りました。
種類は違うかもしれないけど、落ち込み度でいうと告知後と同じ位落ち込んだ。

バッグを入れてからもはずす場合があるとは聞いてたけど、
やっぱり一度うまくいってたものがダメになるってツライ。
あんなに痛い思いしたのに、それをはずされて平らになっちゃうなんて...
「あの手術がなかった事に」の言葉が頭から離れない。

帰ってから母に「感染の疑いだって」と言うと、さすがの母も暗くなってました。
「感染」なんて言葉の怖い響きに、がん関係の悪い事と勘違いしたようでした。
ま、それよりはいいんだろうけど...バッグをはずすのだって、かなりツライ事だと思った。

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回想(退院まで)

2008/02/26 Tue

手術後、病棟に戻ってからは痛みと微熱でかなり辛かったです。
それと、血行をよくする為に足にマッサージポンプをつけてました。
マッサージ自体は気持ち良かったのですが、
固定されて動けないのは不快でしたね~(>_<)

朝、酸素マスクと足のポンプと尿の管をはずしてもらいました。
やっと動ける!と思ったのですが、ベッドから起き上がるのも大変でした。

やはり、大胸筋をひっぺがしてるのって一大事ですっ!
結構広い範囲をはがしてるので、痛みは3日ほど続きました。
あおむけに寝ると、胸の上に座布団がのっかってるような重苦しさです。

けれども、食欲だけはモリモリ!
35時間何も食べてなかったので、朝食もキレイに完食しました♪

そして、昼も完食後、まだ食べ足りなかった私はポテチに手を伸ばしました。
バリバリむさぼってると、
「マナティさん、ちょっといいですか?」とカーテンを開けられました。
なんと栄養士さんでした!

1日目に食事のアンケートがありまして。
「量が少ない。でも、しょうがないですよね?」と書いてたんです

栄養士さんは「量少ないですか...?」と聞いてきました。
なんつータイミング!!
昼食後にポテチ食べてるんだから、そら食いしん坊ですよ私...><

「アハ、ちょっと少ないかなー、なんて」と答えると、
「じゃあ、ご飯は多くできますよー」と提案してくれたので、
夕飯からご飯は大盛りになったのでした...


ドレーンの液が減らず、先生方を困惑させましたが、
なんとか術後1週間で退院できました。
トータル10日入院していましたが、入院生活は概ね快適でしたね~。

実家暮らしなので、プチ一人暮らし気分を味わえたからかなー。
それになんつっても、3食昼寝付ですからね(笑)

回想(手術当日編)

2008/02/24 Sun

いよいよ手術当日。

朝一で、恐怖のセンチネルリンパ節生検の為の注射がありました。
これが強烈に痛いと聞いていたのでビクビクでした。

みなさん、この注射1回でしたか?
私は多発だったからですかね?2回注射されたんですよー。
1回目でも激痛だったのに(初見の)先生に「こっちの方が痛いかも...」
なんて言われたら、2回目はそりゃあもうブルブルでした

あまりの痛さに、もう目から☆が飛び出ましたね~><
ショックで先祖がえりして、「ウホウホ」オランウータンのように
(または、矢吹丈のノーガード戦法のように)アイソトープ室を出ました。

「マナティさーん。荷物忘れてますよ~」と追いかけてきてくれた先生。
私の異変に「ダ、ダイジョウブデスカ?」とたじろいでました(゜o゜)

お昼になると、いよいよひもじさMAXでした。
前日の21時から絶食させられてたので、もうそれが辛くて辛くて(T_T)

そして、もう一つのイライラが。
母が来ない。

前日、主治医に「(何があるかわからないから)12時にはいらした方が」
と言われてたのに、結局母が到着したのは14時過ぎてました(`^´)

しかも、来るなり「兄ちゃんに、ケーキ食べられたっ」とか言い出すし。
これも「当たり障りのない話題をして娘を和ませよう」ではないですよー!
自分が今一番言いたいことを言ってるだけです...

お腹がすいてたり、母のマイペースにムッとしてたりで、不安になる暇はなかったな~。
「直前に不安になって逃げ出したりしたらどーしよー、私?!」
なんて心配は杞憂でした^^;

そして、17時過ぎにやっと手術室へ移動。
手術が始まったのは18時頃だったと思います。

後で母に聞いたところによると、19時には「切除」は終わったらしい。
主治医から先に説明を受けたと言ってました。
(ちゃんと話聞けたのかしらん??)

主治医に起こされた時は「ん~夢見てたのになんだよ~」って感じでした。
けれど、すぐかなりの痛みと吐き気が。
それでも必死で「リンパ節は?バッグは...?」と聞きました。

「リンパ節転移はなかったです。バッグもちゃんと入りましたよ。」
この言葉を聞いた時は本当に安堵しました。

すぐ病棟に戻され、母と対面。
「今、何時?」
「10時過ぎてるよ。形成外科の方が時間かかるんだね~。」
とか会話したような。

しかし、すぐ看護師さんに「もう帰ってもいいんですかっ☆?」って聞いてた母。
看護師さん「は、はい...」って驚いてたよー。
すかさず「もういいよ。帰って...」と言ってあげた私でした


回想(手術前夜もういっちょ編)

2008/02/23 Sat

はー、こんなに回想をしつこく書いてていいんだろうか。
皆様、無理にコメントしなくて良いですからね~。
今回特におもしろ話もないし^^;
自己満足です、ハイ。
とゆー事でまだまだ書きます。もういっちょ、いってみよ~。

入院1日目に発覚した事実。
さすが大病院、なんと私の手術は4件目でした!
早くても17時と聞いてたので、待たされるのはツライなぁと思っていました><

けれども、4件目というのも理由がありまして。

当初の予定では10月22日が手術日だったんです。
が、その日は形成外科の先生の都合がつかず、
無理矢理10月25日に私の手術をねじこんだようでした。

しかも、経験豊富な(最初に受診した)女医さんは水曜にしか来てないので、
私のエキスパンダー挿入手術を担当できないのでした
(その先生にやってほしかったのですが、これ以上手術が遅れるのも嫌でした。)
ので、前日まで執刀してくれる形成外科の先生とは対面していませんでした。

主治医と母の(衝撃の)対面を終えて、病棟に戻ると一息つく暇もなく
形成外科の先生から呼び出しがありました。
この時呼びに来てくれた先生が、現在水足しをやってくれてる若先生です。

その時は「お、下っ端の若い先生か?」くらいにしか思ってなかった(ヒドイ)。
でも若先生「マナティさん、休む間もなくすみませんね」って声かけてくれたんだよなー。
こーゆー何気ない一言って嬉しいですよね~。

呼ばれた部屋に入ると、男の先生3人に女の先生2人もいて
「むむ?無勢に多勢とは卑怯なりっ」なんて思ったりしてた私。
ここまでくると不安とかよりも
「さあ、誰が私の手術をやってくれるんだい?!」とか、
「わ~、リアル『白い巨塔』だぁ」とか思ってたな~。

科のナンバー3にあたる准教授が席の真ん中で話し始めました。
「まずマナティさん、乳腺科の先生からはなんと聞いてますか?」と聞かれ、
「は?なんと聞いてるか、ですか??」と全く質問の意図がつかめない私。

「乳がんと告知されてるかどうか」を確認したかったようですが、
今更そんな基本的なことを聞かれるとは思いもよらず、かなり戸惑ってしまいました。

挙句、つい先程主治医から針生検の結果を聞いてたので
「硬がん、です。」と答える始末。
先生方は「ん?」って顔してました。

どうにか「乳がん」という事が伝わり、
その後はエキスパンダーが挿入できないケース
(皮膚や大胸筋まで浸潤してた、皮膚が薄い・足りない等)や、
挿入後にはずすケース(感染した、拒否反応が出た等)の説明を受けました。

「質問はありますか」と聞かれたので、
「エキスパンダーは600と1000、どちらになったんですか?」と聞きました。

准教授が「えーと...」となってるところをすかさず、
「600です」と答えた先生がいました。
「ほほう、さてはこの先生が執刀するのか?
この先生が財前先生(by白い巨塔)ってとこか?」と思った私でした。

この先生は若先生に対して年長先生と呼んでます(私の中だけで)。
今後も登場しますので~。
ちなみに若先生は28歳前後で、年長先生は31歳位です。
若いですよね~。自分より年下だなんて、なんかフクザツ~。

そして、写真撮影。
再建組じゃない方は写真はあまり撮りませんよね?!
いやー、大勢に囲まれての写真撮影...軽くグラビアアイドル気分、
なんて言ってる場合じゃなーい。

おっぱいはいいとしても、たるみきった腹。
そっちの方が恥ずかしかったよー(T_T)


回想(入院~手術前日編)

2008/02/19 Tue

入院は手術の2日前からだったので、1日目はわりかし暇でした。
ただ、1日目から大学病院のマイナス面がいくつか露呈してましたが。

私の主治医は外来担当で病棟は担当していないのです。
ので、入院中に主治医が回診には来てくれないのでした。
それはわかってたことなので、しょうがないです。

けど、とっかえひっかえ違う先生が回診にやってくるのはちょっとね...(-_-メ)
次から次へと私の青タン乳を見られるの、嫌だったわっ。

「もう切ってしまうのに何を診るっつーの!」
と心の中で悪態をついておりました...

ま、でもそれも含めてこの病院を選んだのは私自身だから、
と気を取り直すことにしました。

そして、問題の2日目、手術の前日です。
実はウチは父がいた頃から自営業(小売店)をしておりまして。
父亡き後も、母が一人で店をやっています。
ので、主治医と母との初対面は19時半からでした。

田舎出身で会社勤めをしたことのない天然母。
「先生に失礼なこと、しでかさなきゃいいけど...」
私の不安は募りました(+_+)

人気のなくなった外来の診察室で、主治医と母と私の3人きり。
主治医は簡単に、これまでの診察の経緯と術式の説明をしてくれました。

初めのうちは、さすがの母も神妙に話を聞いているようでした。
「やっと事の重大さがわかったかー、ヨシヨシ」と思っていた、私。

しかし、次第に落ち着きがなくなっていくのがわかりました。
キョロキョロ視線が動いてる挙動不審の母。
(まずい、集中力がなくなってる、もう飽きてる...!)と思った矢先、
主治医が「お母さん、話聞いてます...(~_~;)?!」と言ったのです!
「あ...お見通しですね、先生
ペロッと舌を出す母...

シンジラレナーイ!!

診察室を出る時、
「私がしっかりしなければならないの、わかりました?!」と言うと
主治医は苦笑いしてました。

母はというと...(母を見送りがてら)出入り口まで二人で歩いてた時に、
「先生、お腹グーグーなってたね。お腹すいてたのかね?!」だって><

どこまで天然なの~っ!

そんなこんなもあって?手術前夜だというのにぐっすり眠れたのでした...



回想(入院直前編)

2008/02/17 Sun

10月中旬、やっと入院前の最後の通院日を迎えました。
いつもは1時間待ちも当たり前なのに、すぐ名前を呼ばれました。

告知を受けたクリニックからのプレパラートを再検査されてたのですが...
「その結果がクラス3と出たので太針生検を先にして下さい」との事でした。

予期してない検査に動揺してしまいました。
しかも、後ですごーく痛かったんだよなぁ。
青タンになっちゃうしさー。気持もかなりブルーになりましたよー。

さて、検査を終えて再度、診察室へ。
一人で来た私を見て「あれ?親御さんは?」と主治医が聞きました。
この日に、手術の同意書っていうんですか、アレにサインがほしかったらしく。
でも、主治医は前回、特に言ってくれなかったんですよねー(~_~;)

「あ、母は今、旅行中です...」と告げると、
「ナニーッ(`^´)!!」と私の代わりに怒ってくれた主治医でした。

そうなんです、私もちょっとムッとした出来事があったのです。

手術日は10月下旬と2か月前から決まってました。
そして、早まる可能性もあるという事も言われてました。
ので、母に「10月15、16日、お母さん旅行だわ」と言われた時は
ちょっとアングリでした。

私「え...?手術早まる可能性もあるんだし、できれば行ってほしくないけど」
母「そーだよね...」
私「じゃあ、一旦キャンセルして手術とぶつからないってわかったら参加すれば?」
母「そーだよね...」
私「...そんなに行きたいの?」
母「行きたいっ☆」

ここまで、言われたら止められませんよね~(-_-メ)
まあ、結局手術とはぶつからなかったけどさ~。
なんだか寂しい出来事でしたよ
例えるなら、子供が家族の行事より友達とのお出かけを選んだ...
みたいな感じでしょうか(苦笑)

主治医からは「ま、マナティさんしっかりされてるし、
未成年でもないからサインは必ずしもってわけじゃないんです。
じゃっ、サインは手術前日にもらいましょう。」
と言われたのでした。

そうして、手術前日に初めて主治医と母は対面するのですが...
ウチの天然?オカンは無事ミッションを遂行できるのか?!
それは、次回...


延長戦突入~!

2008/02/15 Fri

もう日付変わっちゃいましたが、木曜は生理食塩水注入の日です。

ここで「アレ?」と思った方はマナティブログ通♪
以前「水足し、あと2回で終了~」と書いてました。
それが先週だったのです。

が、どんでん返し?がありまして。

それは先週のこと。

形成外科の若先生(この先生ナイスキャラなんです。
この先生との掛け合いはまた改めて書きます~)に
「いやあ~いよいよ700(ml)ですな~」と迎えられました。
「そうですねー。でも、気になったことが。
健側の1.5倍にするって言われたのを思い出して...」と私。

で、700mlになったところで隣の部屋で診察している准教授に私の胸を披露しました。
「ん~、もう少し入れてもいいんじゃない?バッグは600?
まだ入るなぁ。あと100!800にしましょう!」

「あ~、やっぱり。そんな気がしてたんですよね~。」と私が苦笑いしてると、
「マナティさんもわかってたんだ~。じゃあ、あと3回追加ね!」
と笑顔の若先生なのでした^^;

結局、牛乳ビン4本分入れることになりました、ワタクシ。
今日は30ml入れてきました。
皮膚はカサカサ気味だし、パンパンにふくらんでます。
硬いからブラがあたって痛いです。

けど、へっちゃら~。

がん治療は憎いアイツをやっつける作業ですよね。
でも、再建はキレイに作り上げる作業なのでやりがいあります♪

あ、今日若先生にチョコ用意してたのに、渡せなかったっす。
来週、渡そうかなー。




回想(再建への道・その2)

2008/02/12 Tue

はじめての形成外科受診の続きです。

インプラントによる同時再建に決めたので、エキスパンダーのサイズ決めをしました。
(詳しくはコチラ

そして、シリコンの話へと続きました。
「最近のシリコンは優秀だが、やはり本物の柔らかさにかなわない」と
聞いていたので、その手触りには興味津々でした。
実際にシリコンを触ってみた感想は...

「ふーん、あまり柔らかくないって聞いてたけど、私の胸の感触と変わらない?!」
でした。

そして、先生に私の胸を診察してもらうと案の定
「うーん、大きいですね。あ、結構硬いですねー。」と言われました。
うむむ、自分でもうすうす硬めかな、とは思ってたのですが^^;

実は、それが自分の胸は大きくても「たれない」っていう
勝手な思い込みにつながってたんですよねぇ...

もー、ショックだったのが、その後胸の写真を撮られて
初めて客観的に自分のおっぱいを写真で見たんです。

「たれとるがなっ!!」

(心の中で)叫んでしまいましたよー。
しかも右側だけが!(私の場合、健側になるのですが。)

さらに、余談!「健側」って「ケンソク」って読むんですか??
私、ずっと「ケンガワ」って言ってた...ハズカシーッ((+_+))

戻ります。
いやあ、先生も私の表情を見てか
「どうですか、ご自分の胸を見て...」と聞かれたので
「いやあ、まるで再建の失敗作みたいですよね~?」
と言ってしまいましたよ、トホホ。

この話を友人にしたら
「そんな事言われても、先生困るでしょー(笑)!」と爆笑されました...

先生も不憫に思ったのでしょうか(笑)、
「シリコン入れる手術の時に、健側も豊胸や吊り上げ手術ができますよ」
と提案してくれました。

ホルモン治療してるとおっぱいに張りがなくなりますよね~。
それで、豊胸する人も多いそうです。
胸が大きい人は術側だけずっと垂れないので、
吊り上げ手術をする人もいるんだそうです。

「そうですね、シリコン入替の時までに考えておきます...アハ」
とその時、答えてたんですよねー、私。

そろそろ真剣に考えねば~><

回想(再建への道編)

2008/02/09 Sat

新たに見つかったしこりの細胞診の結果は、二つ共悪性でした。
これには「やっぱりそうだよね」って感じで、気落ちとかは無かったです。
むしろ、1つだけ悪性とかの方が悩む気がしました。

主治医は私の気持ちも組んでくれたようで、
「マナティさん、胸大きいから温存できなくもないですよ...」
と言ってくれました。

「いえ、二つ共悪性だったら全摘と決めてたので。」
私の決断に主治医も
「そうですね。無理に温存するより、キレイに再建しましょう。」
と後押ししてくれました。

とゆー事で、再建を担当する形成外科を受診しました。
週1しか来ない(またまた)女医さんを狙って行きました。
この先生はクリニックを開業していて、再建の経験も豊富だったのです。
(再建は、がんを切る手術以上に技術と経験が必要とされてるんです。)

先生の話は概ね私が調べた内容と同じだったので、
インプラントによる同時再建にする事にしました。

さて、インプラントによる再建とは!
私が受けてる再建方法を説明しますね。

インプラント(人工物)による同時再建です。
「同時」と名がついてますが、本当にがん摘出と同時に
シリコンを入れる方法ではありません。
(この方法は1回で手術が済みますが、
とても技術がいる手術で限られた病院でしかやっていません)

がん摘出と同時にエキスパンダー(組織拡張器、バッグともいう)を挿入します。
これは生理食塩水を入れる為の『袋』です。

皮膚や乳首への浸潤が認められない場合は残せる場合もありますが、
これも難しい手術です。
そして、乳腺が集まる乳首を残すというのは意見がわかれるようです。

私の病院では、乳首は残さない方針でした。
できるなら残したかったのですが、主治医の
「下手に残すより、再建した胸に合わせて作った方がキレイですよ」
の言葉にノセラレタ、いえいえ納得しました。

自分のお腹や背中のお肉を使って再建する方法もあります。
私のお腹の脂肪がなくなるのっ?!
...と一瞬ゆらぎましたが、これ以上体に傷がつくのは嫌でした。

乳腺を全摘してしまうと、皮膚はどんどん縮んでしまいます。
シリコンを入れる為に皮膚を十分に伸ばさねばなりません。
その為にエキスパンダーを入れて、
週1で生理食塩水を(注射で)入れてふくらませていくのです。
(収縮を防ぐ為にろっ骨から大胸筋をはがし、
大胸筋の下にエキスパンダーを入れるんですよー!)

シリコンに入れ替えるまでは、まさにソフトボールです。硬いです。
私の大好きな「うつぶせでゴロゴロ」もちょっとできません。

そうして2、3か月かけて生理食塩水を満タンにします。
さらに満タン状態で2、3か月おき、シリコン入替手術をします。
摘出の時の傷をまた切るので新たな傷は増えません。

うーん、説明が長くてスミマセン。
もし、どなたかの参考になればと思って書きました。

しつこいさそり座のマナティ、次回まだまだ私の「形成外科受診話」書きます~。



回想(家族の反応編)

2008/02/05 Tue

今回は、私の乳がんへの家族の反応についてです。

ウチは基本「おもしろ家族」だと思います。
まあ、些細なことでケンカはしょっちゅうですが、
母も兄も話好きだし、仲は悪くないです。
(食べ物は仲良く分け合いませんが^^;)

けど、実はワタクシちょっと神経質?なところあって...
外ヅラよくしてる分(って言い訳です、ハイ)身内にはキビシイのです。

さて、そんな私の母への告知は。

精密検査になったのはもちろん言っていたので、
検査に行った日に「どうだったの」と聞いてきました。

「まだ結果出てないよっ」
心配してくれてるのはわかってるのに、
自分がナーバスになってるせいか声を荒らげてしまった。
いくつになっても、子供だよな~、私。

クリニックで告知された日は、帰り道、母親になんて言おうか考えてた。
平日に勉強会つきの告知だったので、帰りはすっかり遅くなっていました。

とにかく泣かないで冷静に話したい、と思ってました。
「検査の結果出たんだけど、私...乳がんなんだって」と言うと
間髪入れずに母は「もう?!」って言ったんだよなー。
フツウ、第一声に「もう」って出るかなー??

未だにはっきり聞いてないのですが、
何故に「もう?!」と言ったのかは不明です(+o+)
多分「その歳でもうがんに?」って意味だったのだと思うけどー。

あ、それから父のこともあるかも。
父は胃がんで47歳で亡くなってるので。
父が亡くなった時、周りから「まだまだ若いのに」って言われてましたからねー。

母に話した時、兄も一緒に聞いていたのですが、
しばらくは病気については話せなかったなー。

けど、落ち着いてからは赤裸々に語ってましたよ。
全摘になるのかどうかで悩んでた頃、兄にどう思うって聞いてたんです。

「おっぱいをとるのか命をとるのかって事だろー。
悪いものは全部とっちゃえ、とっちゃえ~!」と、兄のノーテンキな答え。

ので、私は反撃しました。
「じゃあ、兄ちゃんのチン○ンにがんができても
とっちゃえ、とっちゃえ~って言ってやるからっ!」と言ったら
「それは、ウググ」ってなってました...(~_~;)


初バトン

2008/02/03 Sun

噂のバトン。お初です、エヘヘ。
ひそかに憧れておりましたが、題材が調味料とは^^;
これも食いしん坊マナティの運命と思っております~。

では、スタート

調味料バトン

Q1次のメニューにどんな調味料をかけますか? 薬味は含みません。
★目玉焼き    醤油(たまに塩こしょう)
★納豆       付いてるたれ
★冷奴       醤油かポン酢(Q2も見てね)
★餃子       醤油+酢+ラー油。ナンプラー入れる時も。
★カレーライス   何もかけません
★ナポリタン    粉チーズ
★ピザ       気分でタバスコ
★生キャベツ    ドレッシング
★トマト       何もつけません
★サラダ      ドレッシング(和風、ゴマ、シーザー、サウザンとか)
★カキフライ    醤油かタルタルソース
★メンチカツ    あまり食べません。醤油かソース。
★コロッケ     あまり食べません。ソースかなぁ。
★天ぷら      天つゆか塩
★とんかつ     ソース+からし
★ご飯(おかず無しの時) ゆかり好きです。

Q2周囲に意外だと驚かれる、好きな組み合わせはありますか?
冷奴にマヨネーズとツナと刻んだザーサイを和えたのをかけます。オイシイですよん。
あと、チンジャオロースに卵の黄身。まろやかになるんです~。

Q3それが一般的なのだとは知っているが、苦手な組み合わせはありますか?
アイスティーに砂糖たっぷりって超苦手!ぼえ~(+o+)

Q4バトンをまわしたい5名は誰ですか?
私、まだブログ友少ないので回さないことにします...
多分、かぶってしまいそうだし~。

食べること好きなので、回答するの楽しかったです。
まみさん、回してくれてありがとー(^O^)

マイ趣味

2008/02/02 Sat

まみさん、バトンありがとーございます。確かに受け取りましたよん。
(また後日、じーっくり書きますねっ

そして、粘着質のさそり座なので回想はまだまだ書きますよー。
んが。
今日は私の趣味について。

それはコレ
マイラケ

マナティ体型のクセしてスポーツ好きです、ワタクシ。
テニスが趣味です。趣味とゆーか、真剣にやってましたのよ~。

その証
トロフィー

4年前に市の大会で準優勝した時のトロフィーです、エヘッ。

高校と大学はバレーボールやってました。
テニスはずーっとやりたくて、20歳の時にスクールで始めました。
それから、途切れることなくやってるので、もうテニス歴16年か~。
テニスの為にお金稼いでた、と言っても過言ではありません。

そんな私も、告知直後はショックでさすがにテニスする気力もなかったですねー。
去年の夏、暑かったし。
それから、おっぱい痛かったし~。

乳がんは痛みをあまり伴わないっていいますよね?
でも、私痛かったなー。
私の中ではがんが「バレちゃあ、しょーがねー」って悪さしてるイメージ。

けど、手術までは(見た目)普通の健康なデブ。
落ち込むのにも飽きてきたし、9月頃にテニス復帰しました。

主治医に「手術までに気をつけることってありますか?」と聞いても、
「何もないですよ」って言われてたし。
「激しい運動も大丈夫ですか?」の質問にも、
「マナティさんほどのしこりなら、
それが暴れて全身に影響を及ぼす可能性も低いから問題ないですよ」
って回答だったし。

久しぶりにやるテニスは楽しかったな~。
やっぱり私はテニスが好きなんだって実感できた(^O^)
ゆんゆん揺れる胸の痛みは少し気にはなったけど...

今も前ほど頻繁ではありませんが、テニスやってますよー。
手術から1か月半後にはできました
術側は左だし、リンパ節もとってないので思ったより違和感なかったです。

ただ、再建組の私は大胸筋をひっぺがしてます。
ので、左手を上に挙げたり後ろに伸ばすのはちょっとツライ。
けど、テニスってあまりそーゆー動きないんですよ。
バックハンドの横振りの動きは全然平気だし!

って事で、今からスクールに行ってこようかしら。
寒いけど、このままではマナティ通り越してセイウチになってしまいそうなので。
デヘ。



プロフィール

マナティ2983

Author:マナティ2983
2007年10月左胸全摘+エキスパンダー挿入手術。
12月よりホルモン療法開始。
2008年3月に生理食塩水注入を終了。
5月下旬に入替手術終了。
2009年2月 乳頭作成手術。
2010年3月 リュープリン終了
2010年10月(不安障害の薬との兼ね合いもあり)
ノルバデックス終了
残すは乳輪作成(タトゥー)です。
71年生まれ、さそり座、A型、独身。

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