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回想(告知まで)

2008/01/13 Sun

では、本編スタートという事で今回は乳がん告知までを書きますね。

私の場合、会社の健康診断でひっかかったのが始まりです。
元々乳腺症で、生理前は胸が張って「何人たりとも触れるべからず」状態。
痛くて「自分で触るのも嫌っ」って感じで。

ので、乳がん検診受けるのも抵抗ありましたねー。
でも今思うと、なんとなく自分は危険って思ってたんだよなぁ...フシギ。
(父は胃がんで私が13歳の時に他界してますが、
血縁関係に乳がん罹患者はいません。)

そんなこんなで、2年前から検診を受け始めました。
左側だけ「のう胞の疑いあり・要半年内再検査」との診断。
ちょっとビビる。が、無視。
翌年同じ診断を受けるも、また無視。
「なーんだ、同じ診断じゃん。問題ないんじゃん!」って思ってた位で。

それが、07年6月の検査で「要精密検査」になり、ちょっと、否かなり焦りましたねー。
専門のクリニックを紹介してもらい、7月上旬に精密検査を受けました。
上半身裸のまま立ちんぼで「乳」について講釈を受け、
「なんかまぬけだなぁ」なんて思いつつ
その後、穿刺吸引検査をしてその日は帰りました。

結果を聞くのが2週間後って事で、かなりもんもんと過ごしてました。
待たされるのって辛いですよねー。
しかも、気になったのがその次回予約を取る時の説明です。
「勉強会も兼ねるので定員があるんですよ・・・」
はぁ?勉強会?定員?大人数の前で結果聞くのかっ??

そして、嫌な予感は大当たり。
やはり待合室には8人ほどいまして。
さすがに、結果は各々診察室で聞くシステムでしたが、問題はその後ですよ。

えー、まず私は「悪性でした」と告げられ、ボー然自失。
「あの、あの、これからどうすれば...?」
「勉強会の後でまたお話しますから」と先生。

そして、ボー然自失のまま、待合室で勉強会が始まりました。
(後でわかるのですが)私ともう一人が悪性の告知を受けていて、
他の人は良性と言われ安堵の表情です。

「これから話す事は、本来は講演会等で話す内容ですからね。
皆さんにも考えてもらいながら、進めていきますねー。」
先生、自慢げに、満足そうに話しています。

「は?私、告知されて激しく動揺してるのに。しかも良性の人に囲まれて
勉強会受けなきゃいけないの??」って思いましたねー。

先生は続けます。
「では、まず『がん』とは何でしょうか?
はいっ、そちらから何でもいいです。言ってって下さい!」

うーん、今なら冷静に聞けますし、教えてもらってありがたいと思えますよ。
でも、その時は告知ホヤホヤですよっ。
私は真ん中ら辺だったのですが、みなさん恥ずかしそうにしながらも次々述べていきます。
そして、直前の人の言葉に凍りつきましたよ、わたしゃー。

「...正常な細胞を殺してしまい、死に至ることもある。...」

そりゃあ、確かにそうですよ。
でも、告知ホヤホヤの私は深く深ーく傷つきましたね。
その人は私が告知受けた事も知らないんだし...悪くないですよ。
悪いとしたら、先生のデリカシーのなさかな。
勉強会やるのはいいですよ。
けど、良性の人と悪性の人と分けてやればいいと思うんだけど。

と告知は、こんな感じで受けたのでした。
今でも忘れられない出来事ですねぇ。
って、告知受けた人は誰でもそうですよね~。

告知まででこんな長文で、恐縮です。テヘッ。
粘着質のさそり座の女です。

(こんな調子で現在に追いつけるのかな~)




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プロフィール

マナティ2983

Author:マナティ2983
2007年10月左胸全摘+エキスパンダー挿入手術。
12月よりホルモン療法開始。
2008年3月に生理食塩水注入を終了。
5月下旬に入替手術終了。
2009年2月 乳頭作成手術。
2010年3月 リュープリン終了
2010年10月(不安障害の薬との兼ね合いもあり)
ノルバデックス終了
残すは乳輪作成(タトゥー)です。
71年生まれ、さそり座、A型、独身。

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